脳と行動(八十島 安伸)
高校生までは受け身の授業がほとんどですが、大学生になると自ら考えることが求められます。この授業では英語論文の講読が行われますが、単に文献を読む・訳すのではなく、この文はどういうことか、なぜこのようなことを書いたのか、その記述の意義は、など、時には書き手の立場に立って考えることが必要です。
文章についても、例えば「ここは脳科学の論理上 or でなければならない。 and 等に言い換えることはできない」といった、受験英語の文法的正しさとは異なった次元の、学問世界の専門的な文章術があります。
英語論文を読み、発表する過程で、「教えてもらう・理解する」から「自分で考える・問いかける」へ。そんな理念から実施される「脳と行動」の授業の様子をレポートします。
基礎情報
- 出席人数
- 9
- 授業形式
-
文献購読,
プレゼンテーション,
ディベート
クリックすると、同種の授業形式の授業一覧が表示されます - テーマの例
- 予め教員が提示した13個の論文の中から1つを選んで発表する
- シラバス
教員の準備・工夫
授業の内容と進行
学生はあらかじめ3グループに分けられており、教員が提示した13の論文からグループごとに発表する論文を選びます。1回の授業では3グループのうち担当の1グループがプレゼンテーションを行います。発表後、学生がメインで質疑応答をし、最後に教員からのフィードバックが行われます。
配布資料
13個の論文のPDFファイルは、授業序盤 (4月) に教員から全員に対して送付されます。
教員の工夫
学生の発表は、教員が事前に伝えたポイントをもとに行われます。学生の性格によっては質問ができない人も多くいるので、学生全員が授業中に発言できるように、学生が思いつかないような「問いかけ」を教員から投げかけるようにしているそうです。例えば論文の中で [or] という単語が使われているとき、普通なら「あるいは、もしくは」と訳して読んでしまうだけであるが、本講義ではなぜその文章中で [or] が用いられているかをロジック的に考えさせています。学生がふだん疑問に感じないことを提起することで、気づきや考えへのきっかけを与えることができます。積極性は各学生の性格によって異なりますが、全体として授業の進行に困らない程度の活発な発言が見られます。想定外の質問により、議論が広がることもあります。初歩的な疑問点はその場で調べさせているそうです。
英語で表現されている内容・考え方について、図やスキーマとして描いてみることも授業の中では重視されています。学生それぞれの理解の程度や幅は異なります。それを自分自身で図式化してみることで、図として描けなかったり、要点を理解できていなかったり、イメージ化できていなかったことなどを学生自身が気付くことが必要だからです。また、他の人に理解してもらうための図を描くには、どのようにイメージ化し、それを具体化するべきであるのか、どこに配慮するべきなのかを学ぶことも大事にしています。そのため、学生には、たびたびホワイトボートに図を描くことを求め、一つ一つについて学生全員で疑問点や感想・意見を述べ合うようにしています。ホワイトボートに描かない学生も、自分のこととしてノートなどに描画するように指導しています。
これらの取り組みを通じて、文献購読というプロセスは、英語で書かれた文献の内容を単に日本語に訳すという作業なのではなく、情報入手やイメージ化による内容理解が真の目的であることを繰り返し学ぶことを目標としています。
ただ内容を日本語に翻訳するだけでは、英語論文を「読めた」ことにはなりません。内容の要約、自分の言葉での言い換え、絵・図による表現を通して、本当に自分の頭で理解できたかが問われます。
発表をした後の質疑応答は、プレゼンテーションにおける難関の一つです。今回の場合であれば、論文の内容を紹介するというものだったので、疑問点を深堀することができず、質問に答えることができない、もしくは予想しか述べられないという状況もいくらかみられました。それによって落ち込む学生がでるのではないかと少し心配になりましたが、授業の最後に教員が「できていたところ」を述べていたことにより、フォローされていると感じました。
学生の行動
事前課題(予習課題)
担当グループの学生が論文の解釈、理解、発表等プレゼン準備。
事後課題(復習課題)
授業の最後で、今回のプレゼンを見ての感想をまとめておくよう教員から指示がありました。復習課題は特に指定されませんでしたが、授業の中で自然に事後学習の機会が提供されていました。
学生の様子
メンバーは3人×3グループに分かれてはいますが、互いにグループを超えてよく打ち解けている様子でした。早めに来て雑談している学生も見られました。プレゼンテーションでは、スライドはLINEで作成しノートパソコンからモニターへ映していました。グループのうちの一人が話すのではなく、担当を決めて交代で行っていました。聞いている学生は、メモを取ったり自分のノートパソコンに記録したりしていました。質疑応答では、ほぼ全員が自分から挙手し、積極的に意見を述べていました。ホワイトボードに書いて応答する場面も見られました。学生間で一通り議論を行った後、適宜教員が補足を入れていました。
教員があまり話をしないことが印象的でした。教員は教えるというよりも、学生とは違う視点から問いを発していました。教員が引っ張っていくというよりは、学生が進むのを補佐するという印象を受けました。教えるのではなく、学生に発想の方法、もしくは深堀の仕方を感じてもらうという教育、授業の方針もあるのだと思いました。
発表者は質疑応答で出てきそうな質問を予想して自分なりに詳しく調べていたようですが、教員からの質問で実は深堀できていないことに気づいたようでした。質疑応答において、一応の回答を受けた質問者が「わかりました」と言って引き下がった際、教員が「本当にわかったの?」としつこく問いかける場面もありました。安易にわかった気にならず、納得いかない点について質問を重ねることで議論が深まることもありました。学生間の議論で答えが出なかった時に教員が「自分で(後日)調べてみてください」と促すこともあり、その場で答えが出ない・解決しない授業には衝撃を受けました。そうした点に、主体的に考える姿勢を身につけるという理念が強く表れていたと感じます。