第11号 線虫クイズの答え

もんだい

生物学分野において、種をこえて保存された生命現象の研究に用いられる生き物のことをモデル生物といいます。モデル生物の一つである線虫 Caenorhabditis elegans () は、飼育しやすく、遺伝学の研究に用いることができるという特徴をもちます。以下の選択肢のうち、C. elegans の特徴として知られているものはどれでしょうか。

    1. 雌雄同体で、1匹から子孫を増やすことができる。
    2. 暑さに強く、30℃くらいでも問題なく生育できる。
    3. 成長すると、雄が雌化する。

図1. 線虫(野生型/Wild type)の蛍光顕微鏡写真。 DNAに強く結合する蛍光色素であるDAPI(4',6-diamidino-2-phenylindole)で染色している。白く見える部分が、細胞核(DNA)。

図1. 線虫(野生型/Wild type)の蛍光顕微鏡写真。 DNAに強く結合する蛍光色素であるDAPI(4',6-diamidino-2-phenylindole)で染色している。白く見える部分が、細胞核(DNA)。

(全学共通教育部門 助教 坂口愛沙)

こたえ

答えは1です。

線虫 C. elegans は、土の中に住む微生物で、雌雄同体()と雄がいます。雌雄同体は精子と卵を両方作ることができ、一個体内で自家受精することにより子孫を残します()。一方、雄は精子のみしか作れませんが、尻尾の形に特徴があり、その尻尾を雌雄同体の陰門に差し込むことにより交尾し、子孫を残すことができます。ヒトの性は、性染色体であるY染色体にある遺伝子によって決まることが知られており、XXは女性、XYは男性になりますが、C. elegans の場合はY染色体にあたるものがなく、XX(X染色体を2本持つ)は雌雄同体、XO(X染色体を1本しか持たない)は雄になります。


図2. 線虫 C. elegans(雌雄同体)生殖腺の模式図。 雌雄同体は、一つの個体内で卵と精子を両方形成します。卵母細胞は、第一減数分裂を進行させながら卵巣内を進み、成熟します(図中の灰色は細胞核を示します)。成熟した卵母細胞は、精子を貯蔵している貯精嚢にはいり、受精します。受精卵は子宮へ移動し、胚発生が進行します。 酵母からヒトにいたるまで様々な真核生物で数多くの生命現象に関与するRab11という低分子量GTPaseの線虫ホモログRAB-11(図中の緑色)は、受精に連動して局在や機能を変化させることがわかっています。卵母細胞においては、卵黄タンパク質受容体のリサイクリングなどに働いていますが、受精直後には細胞外マトリクス成分など(図中の橙色)を含む表層顆粒の分泌に働き、卵殻の形成に寄与します。さらに、その後の卵割時には細胞質分裂に機能します。(参考文献[1, 2])

図2. 線虫 C. elegans (雌雄同体)生殖腺の模式図。 雌雄同体は、一つの個体内で卵と精子を両方形成します。卵母細胞は、第一減数分裂を進行させながら卵巣内を進み、成熟します(図中の灰色は細胞核を示します)。成熟した卵母細胞は、精子を貯蔵している貯精嚢にはいり、受精します。受精卵は子宮へ移動し、胚発生が進行します。 酵母からヒトにいたるまで様々な真核生物で数多くの生命現象に関与するRab11という低分子量GTPaseの線虫ホモログRAB-11(図中の緑色)は、受精に連動して局在や機能を変化させることがわかっています。卵母細胞においては、卵黄タンパク質受容体のリサイクリングなどに働いていますが、受精直後には細胞外マトリクス成分など(図中の橙色)を含む表層顆粒の分泌に働き、卵殻の形成に寄与します。さらに、その後の卵割時には細胞質分裂に機能します。(参考文献[1, 2])

実験室のインキュベーターでは、通常20℃で飼育され、25℃以上になると、遺伝子変異が起こりやすくなり、減数分裂の際の染色体分配にも異常が起きやすくなります。1匹の雌雄同体(XX)の親(P0)をプレートにおいて20℃で3日間飼育すると、約300の子(F1)を得ることができます。このとき、P0の卵と精子にはいずれもX染色体が分配されるためF1は基本的にすべて雌雄同体(XX)になりますが、稀にX染色体を1本しか持たない雄(XO)が生まれることがあります。25℃で飼育した場合は、減数分裂の際の染色体分配に異常が生じやすくなり、雄が生まれる確率が少し上がります。遺伝子変異によってXX個体もXO個体も雌化(feminization)することはありますが、成長過程や老化によって性が変わることは知られていません。


図3. 線虫 C. elegans を用いて生殖細胞系列の不死性を調べる実験の模式図 雌雄同体の親(P0)をプレートにおいて20℃で3日間飼育すると、1匹あたり約300の子(F1)を得ることができます(図ではF1の数を省略しています)。このとき、雌雄同体のみを植え継ぐと、自家受精によりほぼ同一の遺伝情報を保った状態で世代をこえた変化を見ることができます。 野生型(Wild type)では、生殖細胞系列の不死性を保ち、何世代も植え継ぐことができますが、生殖細胞系列の不死性に異常をもつ mortal germline mutantという遺伝子変異体では、数世代植え継ぐと不妊になるという表現型が見られます。これらの変異体で欠損している遺伝子や変異体の表現型を解析することにより、「体をつくる体細胞は1世代で死んでしまうのに対して生殖細胞はなぜ世代を超えて生きられるのか」という問いに挑むことができます。(参考文献[3,4])

図3. 線虫 C. elegans を用いて生殖細胞系列の不死性を調べる実験の模式図 雌雄同体の親(P0)をプレートにおいて20℃で3日間飼育すると、1匹あたり約300の子(F1)を得ることができます(図ではF1の数を省略しています)。このとき、雌雄同体のみを植え継ぐと、自家受精によりほぼ同一の遺伝情報を保った状態で世代をこえた変化を見ることができます。 野生型(Wild type)では、生殖細胞系列の不死性を保ち、何世代も植え継ぐことができますが、生殖細胞系列の不死性に異常をもつ mortal germline mutantという遺伝子変異体では、数世代植え継ぐと不妊になるという表現型が見られます。これらの変異体で欠損している遺伝子や変異体の表現型を解析することにより、「体をつくる体細胞は1世代で死んでしまうのに対して生殖細胞はなぜ世代を超えて生きられるのか」という問いに挑むことができます。(参考文献[3, 4])

C. elegans を用いた研究ではこれらの特徴を活かし、雌雄同体と雄をかけ合わせることにより遺伝学的な手法で解析を進められるだけでなく、雌雄同体のみを植え継ぐことによりほぼ同一の遺伝情報を保った状態で世代をこえた変化を見ることができます()。C. elegans の遺伝子の中には、ヒトなど他種の生物の遺伝子と同じ起源や機能をもつと考えられる遺伝子もあり、モデル生物として優れた特徴をもつ C. elegans を用いた研究の成果が、さまざまな生命現象やヒトの疾患のメカニズムの解明につながることも期待できます。

Further Readings

References

[1] Sato M, Grant BD, et al. (2008) Rab11 is required for synchronous secretion of chondroitin proteoglycans after fertilization in Caenorhabditis elegans. J. Cell Sci., 121, 3177–3186
[2] Sakaguchi A, Sato M, et al. (2015) REI-1 is a guanine nucleotide exchange factor regulating RAB-11 localization and function in C. elegans embryos. Dev. Cell, 35, 211–221
[3] Ahmed S, Hodgkin J (2000) MRT-2 checkpoint protein is required for germline immortality and telomere replication in C. elegans. Nature, 403(6766), 159–164.
[4] Sakaguchi A, Sarkies P, et al. (2014) Caenorhabditis elegans RSD-2 and RSD-6 promote germ cell immortality by maintaining small interfering RNA populations. PNAS, 111(41), E4323–E4331