第7号 教えて先生!クイズ

もんだい

表面加工されていない鉄フライパンは、焦げ付きや錆が酷くなっても新品同様に再生できます。ポイントは、表面全体が白銀色になるまで紙やすりとクレンザーで磨きこんだ後、コンロで空焼きすることにあります。この空焼きの過程で、フライパン表面の色が変化し、最終的にある色に落ち着きます。さて、この色は以下のどれに一番近いでしょうか?

①紫色 ②青色 ③水色 ④緑色 ⑤黄色 ⑥橙色 ⑦赤色

最後に野菜屑を炒めて油に慣らしたら、少々のことでは錆びないフライパンの完成です!

(全学共通教育部門 教授 浅野建一)

こたえ

【正解】③

空焼きの目的は鉄の表面に黒錆(Fe3O4)の膜を作ることにあります。我々がよく目にする錆(鉄の酸化物)は赤錆(Fe2O3)で、鉄から赤錆への酸化は、鉄の表面を空気にさらすと常温でもどんどん進んでしまうため、鉄を朽ちさせる原因になります。しかし、鉄から黒錆への酸化は常温では進まないので、一旦加熱によって表面に黒錆の膜を作ってしまえば、それが錆止めコーティングの役割を果たします。

黒錆の塊は文字通り黒く不透明ですが、フライパン表面にできた膜は非常に薄いので光を通します。従って、フライパン表面による光の反射を考えた とき、膜に入らずに膜の表面で反射される経路と、一旦膜を通過して金属表面で反射される経路の2つの経路があることになります。このとき、光の波長の半分(=光の波の山と谷が入れ替わる長さ)と、膜厚と黒錆の屈折率の積の2倍(=2つの経路の有効的な長さの差)が等しいと、2つの経路を通った波同士が打ち消し合うので、反射光が弱められます。膜が成長して膜厚が増大すると、可視光の中で波長が最も短い紫色からはじまって、青色、水色、緑色、黄色を経て、最後に波長が最も長い赤色の反射光が弱められることになります。

白色光にはいろいろな光が混ざっている

照明光(白色光)には様々な波長の光がまんべんなく混じっているので、上記のように特定の波長の光が弱められると、結果的に弱められずに残った波長の光が混じっているときの光の色(補色)が見えることになります。膜厚を大きくしたときには、紫色の補色である黄緑色からはじまり、青色の補色である黄色、水色の補色である赤色、緑色の補色である赤紫色、黄色の補色である青色を経て、赤色の補色である水色に至る反射光の色の変化が見えることになります。

写真は筆者が実際にフライパンの再生作業を行った際に撮ったものです(背景に映り込んだシンクが汚いですがご容赦ください)。色が付いている領域の端から中央(膜厚が小さい箇所から大きい箇所)にかけて、予想に近い、淡黄緑色→肌色→赤紫色→青色→水色の変化を観察できます。ただし、淡黄緑色から肌色までの色の変化は写真を拡大しないとわかりにくく、拡大しないとこの部分は全体として黄褐色っぽい色に見えます。

黒錆の屈折率の実験値は2.46程度、赤色の光の波長は610~750ナノメートル(1ナノメートルは10-9メートル)程度なので、フライパンが水色になったときの膜厚を62~76ナノメートル程度と推定できます。物差しを当てることすらできないナノスケールの厚みを、大雑把にですが測れたわけです。このように、普段ぼーっと生きていると見過ごしてしまいがちな現象から、すぐには予想できない情報を引き出してみせるのが物理学の醍醐味です。なお、上述の原理は鉄以外の金属にも応用でき、例えばチタンの表面に酸化物の膜を作ることで色を付けることができます。実際にカラフルなチタン材が市販されています。