実験教育のいま:自然科学系の場合

阪大坂を上がってすぐ、豊中キャンパスのメインストリートに面するレンガ色の実験棟。1階のサイエンス・スタジオには入ったことがあっても、2階以上は未知の領域……という人も多いのでは。今回は、そんな実験棟の2~5階を中心に繰り広げられている、自然科学系の学生実験に潜入してきました!

実験内容・カリキュラム

学部1,2年次を対象とした学生実験のカリキュラムは、それぞれの分野に適した構成となるよう、また専門への接続に役立つよう、考え抜かれています。

物理学実験や化学実験では、限られた回数で複数の分野を学べるようにローテーションが組まれています。履修者数が年間で1500人を超えるこの2科目では、全ての学生が偏りなく学べるよう巧みに設計されているのです。

それぞれの分野ごとに必要な装置が異なるため、複数の実験室が設置されています。化学実験で学ぶのは、物理化学、無機化学、有機化学の3分野の実験。分野ごとの実験室3室があり、ずらりと並んだ局所排気装置はじめ、赤外分光光度計、紫外可視光分光光度計、ガスクロマトグラフィ、融点測定装置、遠心分離器など、充実した設備が備わっています。

物理学実験も化学実験と同様、ローテーションで異なる分野の実験を行います。分野ごとに必要となる設備が異なるため、6室の実験室が設置されています。実験室にはそれぞれテーマカラーが決められており、その色でドアが塗られています。使用する実験室が毎週変わっても、学生が迷わないための工夫です。

生物学実験では、生物学の基礎である「観察」を学ぶため、まず顕微鏡の使い方を学び、活発に動くミジンコや植物の組織を観察します。つづいてマウスの解剖を行って肉眼で器官・組織間の関係を観察したのち、顕微鏡で動物組織の観察を行います。さらにミクロなレベルに触れる機会として、生物の体をつくる主な材料であるタンパク質の分離実験が行われます。

今後専門課程でヒトについての学びを深めていく医歯薬系の学生にとって、共通教育課程での生物学実験は特に重要な意味を持ちます。ヒトがどのような生物であるか知るには、他の生物との比較が欠かせません。そのため、動物組織の観察では、両生類、鳥類、マウスやラットなどの哺乳類の標本が用意されています。

学生実験というと実験室にこもって……というイメージがありますが、フィールドワークも行われています。通いなれたキャンパスも、実験の目を通せば新たな発見があります。ある日の地学実験では、「太陽光の分析」と「自然放射線の測定」の二つのテーマでの実験が行われていました。フィールドワークを行うとなると、当然気候条件にも左右されます。その条件で何が測定でき、何がわかるのかを考えることも大切な学びです。自然状況の変化への臨機応変な対応も、自然科学の研究を行う上では重要なのです。

天候はじめ屋外の様々な条件に左右されるフィールドワークは、短時間で測定を終えなければならない可能性もあります。実験の前には、分光器を校正用光源で調整したり、室内の放射線を測定したりと、実験室内での事前調整や条件検討が入念に行われます。

安全教育

実験担当教員が一番神経を使うのは、学生の安全確保。薬品や火を使うのか、どのような機器を用いるかによって、適切な服装やとるべき行動も異なります。時には厳しい指導をすることもありますが、学生が危険に自ら気付き未然に防げるよう、様々な工夫をしています。

多数の薬品を取り扱う化学実験では、白衣と保護メガネの着用が必須。事故を未然に防ぐため、初回のオリエンテーションでは実験室で起こり得る様々な事故を大学院生が熱演したDVDを視聴します。

このDVDは、日本の実験環境に即した教材の必要性から12年前に撮影されました。携帯電話など時代を感じる小道具もありますが、事故の本質は変わりません。大学内で撮影された臨場感あふれる映像に、学生たちは熱心に見入るようです。かくいう筆者もこの記事を書くにあたって視聴したところ、自分が経験したことに近い事故など身近でリアルな内容にハラハラドキドキ。「自分にも起こり得る」と気づくことが、安全教育の第一歩です。その一歩を踏み出すために役立つ映像だと感じました。

化学薬品を正しく取り扱うには、なによりもまず薬品を間違えないこと。カラフルなラベルは写真映えのため……ではなく、薬品を見分けるための工夫です。学生だけでなく、技術補佐員が実験準備のため多種多様な薬品を取り扱う際にも役立っています。

学生支援

どの実験でも、教員に加えて数多くのティーチング・アシスタント(TA)、職員が学生をサポートします。例えば化学実験では、定員60名の実験室1室につき、教員が2名、TAが3名ずつ配置されます。加えて実験専属の技術職員、補佐員がいることも、本学の学生実験の強みの一つです。多数の学生に十分なサポートを提供するため、様々な工夫がなされています。

物理学実験では、出席やTAの勤務をCIS(物理学支援室)で電子管理しています。物理学実験には実験テーマごとに6室の実験室があります。物理学実験を受講する学生には組と班が割り振られており、組ごとに決まったローテーションで6室の実験室を回ります。昼休み後半になると、CISの入口が廊下に面して全面的に開かれます。カウンター上部のディスプレイに組名が表示されており、学生は自分の組のカウンターで学生証をカードリーダーに通し、出席を登録します。

CISの業務は出席管理のほか、器具のメンテナンスや不具合の対応、PCの貸出、レポート管理、TAの出勤管理など多岐にわたります。レポートは、以前はファイルに入れて紙で提出していましたが、現在は電子化し、大阪大学の授業支援システムCLEで管理しています。経験に基づいて様々な工夫がなされたCISのシステムは、他大学と共同で行われる技術職員の研修の際、見学コースに入ることもあるそうです。

CISでは、学生が学生証をカードリーダーに通すと、各窓口の職員が手元のディスプレイで出席と班名を確認し、必要に応じて実験器具を渡します。レポートの不備など個別に連絡が必要な場合、その学生が出席した時にディスプレイに表示され、職員が指示を出せるようになっています。

物理学実験では、レポートの提出率や採点完了率が廊下のディスプレイに掲示されます。他の学生の提出状況は、学生に対する刺激となります。そして他の教員の採点状況は、教員に対するプレッシャーとなる……かもしれません。

化学実験室には、車いす用の実験机があります。車いすが入る高さに調整されているほか、専用の流しも設置されています。この机にはドラフトチャンバー(局所排気装置)が設置されていないため補助が必要とはなりますが、多様な学生が安全に実験するための工夫の一つです。30年以上前に特注でつくられた物で、当時からバリアフリーに関する配慮がなされていたことが窺えます。